超大型タンカーの定期健康診断「日章丸」のドック工事 Vol.2「ドック工事の作業例」

前回は、タンカーのドックに入るまでの仕事について紹介しました。 今回はドックの作業を一緒に見ていきたいと思います。

タンク検査(例1)

ダブルハル(船底と船側の構造を二重にして座礁や衝突などで万一船体が破れても、原油が流出しにくくしたもの)の大型タンカーでは、船のタンクの深さは29m前後です。この深さのバラストタンク(船舶の喫水、傾斜などを調節するための船内の海水専用の水槽)が、11または13あり、貨油タンクは、バラストタンクに囲まれていて、深さは27m前後でタンク数は17、合計30位が標準的なタンク数になります。

タンクの深さは、陸上の建物でいえば、約10階の高さとなりますが、当然エレベーターなどはありませんので、歩いて昇降することになります。定期検査の時には、全タンクを検査しますので、この30のタンクを手分けして検査することになります。

ダブルハルタンカーの貨油タンクの底面には骨(補強材でタンク底板の下側に付いている)がほとんどありません。したがって、貨油タンクの底面は平らで、検査は格段に容易になりましたが、船の貨油タンクを囲むバラストタンクの底面全面と貨油タンク下側や船側部分には船体の補強材が多量にある為、この部分の検査に多くの時間が必要になりました。

タンクの中は、ほぼ100%の湿度で、貨油タンクの中の壁には洗い切れなかった油分が付着し、1つのタンクを検査し終わると作業服はビショ濡れといった状態になります。こうした悪条件下では、1日に検査できるタンク数は、午前と午後で各2~3タンクがやっとです。

  • タンク内部検査中

    タンク内部検査中

  • マーキング(点食マーキング)

    マーキング(点食マーキング)

二重船殻(ダブルハル)の断面図

二重船殻(ダブルハル)の断面図

バルブおよびパイプの開放点検工事(例2)

タンカーの貨油ラインおよびバルブは、これに不具合があれば、荷役に直接影響してしまう最も重要な設備の一つです。バルブを開放(取り外し)した場合は、通常、バルブ本体の点検を実施し、腐食や塗装の剥離、さらに傷などを目視検査することにより、本体の修理が必要かどうかをバルブごとに点検して、状況に応じて、シートリングというバルブの座(特殊ゴム製で、これで閉鎖時の水密を保つ)を取り替えたり、バルブ本体の修理を行います。パイプについても同様で、開放した時点でパイプ内面の状況をチェックし、修理の要否を決めていくことになります。大ロ径のパイプでは、内部に入り込み表面の状態をチェックします。 パイプやバルブの開放は、一度に全部できるわけではないので、開放の都度、約十階分の傾斜梯子を使って一回一回歩いてタンクやポンプルームを見にいくことになります。

  • タンク内メインライン短管開放
    タンク内メインライン短管開放
  • パイプの内部に入り状態を検査
    パイプの内部に入り状態を検査
  • タンクから原油をポンプに吸い込むパイプの口(ベルマウス)
    タンクから原油をポンプに吸い込むパイプの口(ベルマウス)

船殼工事(例3)

船殼工事は、船体構造の一部を切り替え(つぎ張り)たり、補強したり、割れている部分(クラック)を溶接したりという工事が主になり、事前に点検した結果に基づき、どう工事するかを決めて実施します。

船齢が古くなると工事箇所の周囲の腐食が大きいところもあって、決めた範囲以外に追加の工事が発生する場合も多々あります。通常は足場板を必要とする場合が多く、足場の架設および撤去作業を伴いますので、まず足場が架設された時点で現場を入念に再チェックして、工事内容が妥当かどうかの判断をします。また、鉄板の切り替えの場合なども工事途中で追加工事が発生する可能性がありますので、逐次、工事状況を確認して歩く必要があります。

工事が終了したら、溶接状態を検査し不具合がなければ工事完了となります。 このように、各作業ごとに節目をとらえて適切にチェックして回ることが、ドックエ事中の本社工務担当者と本船乗組員の主な仕事となります。

  • バラストタンク残水の水抜き作業

    バラストタンク残水の水抜き作業

  • 検査のため展張したアンカーチェーン

    検査のため展張したアンカーチェーン

外板塗装工事(例4)

外板の塗装工事は、船底防汚塗料(船体表面に海洋生物が付着することで、船の速力が落ち、燃料消費が増加することを防ぐための海洋生物による船体の汚れを防ぐ塗料。AF塗料ともいう)を塗装することのほか、腐食防止も目的としています。 船がドックインしたら、最初に外板を高圧の清水で洗浄して、船体表面に付いた海洋生物や塩分を除去します。 次に表面の錆落としをして、塗装がはじまります。錆落としした箇所に下塗りとして錆止め塗料を2-3回塗ったあと上塗り塗料を塗ります。船底部には上塗り塗料の代わりに防汚塗料を塗ります。防汚塗料の塗り回数は、塗料の種類と次のドライドックまでの期間によって変わりますが、2年半くらいの期間であれば2回塗装します。

  • ブラストによる錆落とし
    ブラストによる錆落とし
  • 外板水洗い
    外板水洗い
  • 塗装 タッチアップ
    塗装 タッチアップ
  • 塗装作業中
    塗装作業中
  • ドック前
    ドック前
  • ドック後
    ドック後
  • ドック昇降階段(72段)
    ドック昇降階段(72段)
  • 二重反転プロペラ
    二重反転プロペラ

主機工事(例5)

タンカーはプロペラの回転を推進力としますが、その力を発生させる主エンジンはディーゼルエンジンです。ディーゼルエンジンは定期的に開放して、部品の交換や掃除および各部品の磨耗状態の程度を計測する必要がありますが、通常航海中はエンジンの整備を行う時間がなかなか取れません。このため、ドックに入った時にはエンジンを分解して掃除計測を行い、磨耗している部品は交換かあるいは、専門工場に持ち込んで補修します。 エンジンの主な部品と整備には次のようなものがあります。

  1. ピストン
    30万tタンカーの主エンジンのピストン直径は約84cmで、7本のピストンを使用しているのがスタンダードです。1本のピストンで約4,500~5,000馬力を出しています。全部のピストンを抜き出し、ドックの工場に運び込み、掃除を行い、ピストンリングの入っている溝を計測しますが、制限値に近かったり、制限値を越えているものは、専門工場に運んで補修します。 車のエンジンで燃やすガソリンと違い、船の燃料はC重油が使用されています。C重油は、常温では固まってしまい流れません。このC重油を140℃程度まで加熱して主エンジンに送っています。また、C重油の特性から、燃焼カスの発生も多く、これが汚れや磨耗の原因となります。
  2. 排気弁(不用になったガスを排出するための弁)
    エンジンのピストンが入っている部分をシリンダーと呼んでいますが、各シリンダーには排気弁が取り付けられています。排気弁はC重油の燃えカスであるカーボンによる汚れや、燃料中に含まれているイオウによる腐食などにより痛みが激しくなっています。排気弁も掃除・計測して、専門工場に運び込み補修を行います。
  3. 過給機(ターボチャージャー)
    船の主エンジンにも、燃焼効率アップのために、エンジン自身で発生する排気ガスにより駆動する排ガスターボチャージャーと呼ばれるものが取り付けられています。排ガスターボチャージャーは、排気ガス中の燃焼カスの影響で汚れが激しいため、ドックに入った時は必ず開放し、掃除・計測をする必要があります。また、回転数が高い(1万回転/分以上)ため、回転部分のバランスも必ずチェックする必要があります。アンバランスが大きい場合には大きな事故に直結する可能性があるため、細心の注意が必要です。
  • ピストン抜き作業
    ピストン抜き作業
  • ピストン抜き出し中
    ピストン抜き出し中
  • 検査中のピストンクラウン
    検査中のピストンクラウン
ピストンと排気弁、燃料噴射弁の動き

ピストンと排気弁、燃料噴射弁の動き

  • 排気弁棒
    排気弁棒
  • 移送中の排気弁
    移送中の排気弁
  • ターボチャージャーの回転体
    ターボチャージャーの回転体

蒸気発生装置工事(例6)

タンカーの航海中には、燃料(C重油)の加熱用や、電気を発生させるタービン発電機の動力源として、蒸気が必要です。航海中に必要な蒸気は、主エンジンから出る排気ガスの熱を利用した『排ガスエコノマイザー』にて発生させています。

『排ガスエコノマイザー』は主エンジンのターボチャージャーから出た排気ガス(約310℃)を、大気に排出する煙路に配置されたチューブ(内側にはボイラー水を通している)のことで、このチューブで蒸気を発生させます。チューブを通り抜け熱交換した排気ガスの温度は、150℃程度となっています。
航海中にスピード調整などで速力を落とすときなどには、主エンジンの出力が低くなり蒸気が不足することがありますので、不足した時にはボイラーを始動させ蒸気を作ることになります。また、停泊中は、主エンジンが停止しているため、『排ガスエコノマイザー』は使用できません。停泊中に必要な蒸気は、ボイラーで作り、加熱用や発電機タービン駆動用および貨油ポンプタービン駆動用などに使用しています。

『排ガスエコノマイザー』と『ボイラー』のボイラー水が通るチューブが汚れていると熱の伝達効率が悪くなり、蒸気の発生量が落ちてしまいます。ドックに入った時には排気ガス側の点検をおこない、付着している燃焼カス(煤)を清水で綺麗に洗い落とします。水で煤を洗う時には、硫酸(H2SO4)が発生しますので、先浄水が溜まる箇所には中和剤を散布して水洗を実施します。また、『ボイラー』の水側も油等で汚れていないか、錆が発生していないか点検します。ドックの時には、ボイラーに付いているバルブも開放して、キズが無いか、漏れが無いかを確認し、必要があれば補修を行います。

  • 排ガスエコノマイザーチューブ

    排ガスエコノマイザーチューブ

  • ボイラー水ドラムの内部

    ボイラー水ドラムの内部

発電機、電気関係工事(例7)

船内で使われる電気は、すべて船の発電機で作られています。通常は『排ガスエコノマイザー』および『ボイラー』で作られた蒸気によって駆動されるタービン発電機で作られています。タービン発電機のみでは電力が不足する時、または、タービン発電機が何らかの理由により使用できない時のために、タービン発電機と同じ発電能力を持った、ディーゼルエンジン駆動の発電機も備えています。ドックに入った時は、冷却水およびタービンの動力源(蒸気)が無いので、船内で使用する電気を陸上(ドック)からもらい、この時に発電機タービンの整備を行います。同時に、発電機を制御する装置や作られた電気を分配する装置などは、メーカーのエンジニアによって点検・整備を行い、航海中に不具合が起こらないようにしています。

発電機用タービン

発電機用タービン

海水管・海水弁工事(例8)

機関室内には、色々な冷却装置用のたくさんの海水管やバルブ(弁)が取り付けられています。これらの配管やバルブなどの中には、ドックに入らないと開放・点検ができないものがあります。例えば船外との仕切をしている船外弁などです。ドックの時には、こういった配管やバルブを取り外して点検・整備を行います。もしこの点検を怠り、バルブ本体や配管が腐食によって穴が開くような時には、機関室が海水に浸かり、船を動かすことができなくなる恐れがあります。

また、航海中に海水の取り入れ管に穴が開いた場合には、発電機の冷却水がなくなるため、船内の電気を供給することができなくなり、乗組員による修理もできなくなってしまいます。

このようなことが起きないように、ドックでは、船底部に取り付けられている海水を取り入れるための『船底弁』や、使用した海水を海に排水する『船外弁』および主な『海水管』は必ず開放して念入りに点検します。

以上、8つの例をあげましたが、この他に何百項目という工事が一斉に行われ、各作業員が「見てくれ!どうする?指示してくれ」と工務担当者や乗組員の取り合いになり身体がいくつあっても足りない状況となります。指示した通りに実施していない為に、二度三度と現場に行くことも多々あり、疲れてくると感情も昂ぶり、イライラが高じてくることもあります。こういう時には、仕事の後の「ビール」を思い、グッとこらえ、冷静に対応することも、スムーズに工事を進める為には大変重要です。

  • 海水船外弁開放点検

    海水船外弁開放点検

  • 海水管開放点検

    海水管開放点検

次回は、ドック中の生活について紹介したいと思います。

掲載日 2009年8月26日

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