潤滑油人

潤滑油人・出光の挑戦/地球を回すオイル

「えっ、すべらないオイル?」

思わず畑は、手に持ったコップを落としそうになった。
1981年、春。出光興産営業研究所の応接室で、
研究員の畑はある大きなプロジェクトの依頼を受けていた。
依頼主は新型の自動車用無段変速機、トロイダルCVTの開発を手がけていた日本精工。
「そうです。軸受や歯車は、すべって守る。
けれどCVTでは、すべらずに動力を伝える。
そんな潤滑油を開発して欲しいのです。」

トロイダルCVT。
従来の変速機に比べ、格段にエネルギー効率が良いこの無段変速機は、
石油ショックをきっかけに欧米でも盛んに研究・開発されていた。
だが、いまだ誰もその開発に成功していない。
その原因は、潤滑油にあった。
動力は確実に伝えても摩擦が強すぎ、すぐに金属疲労を引き起こす。
あるいは、高温や低温といった過酷な条件下では、使いものにならなくなる。
−長年にわたって開発をリードしてきた、某自動車メーカーでさえ開発中止を検討している。−
畑に依頼がまいこんだのは、まさにそんな時期だった。

「成功したら、世界初だよ。」
そう畑は、中央研究所の坪内を誘った。
夢のオイルを開発するには、一からその組成を考える必要がある。
−この試みを成功させられるのは、こいつしかいない。−
その想いに、坪内はふたつ返事でこたえた。
「…おもしろいじゃないですか。」

油の開発は、地道な作業である。
星の数ほどある化学物質の中から、必要な特性の化合物を探す。
なければ、一から合成する。
そしてそれらを組み合わせ、ブレンドして求める特性を持つ油をつくりだす。
これまでいくつものオイル開発を成功させてきた畑と坪内も、
こんどばかりは苦戦を強いられていた。
成果といえるほどのことはなにも報告できぬまま、
日本精工とのミーティングは、ただ回数を重ねていく。
情熱だけがなめらかにすべって、空回りを続ける。
まさにそんな気分のまま、二人の挑戦は続いていた。

「坪ちゃん、コッチにも潤滑油を入れようか?」
行き詰まるたびに、畑は坪内を飲みに誘った。
だが気分転換のつもりがその席は、
いつも仕事の話になって終わった。

プロジェクトを立ち上げて5年。
ある晴れた日に、畑は熊手で研究所のまわりの落ち葉を掃除していた。
気分転換、というわけではない。
出光では、自分の職場は自分でキレイにする、という伝統が今も生き続けている。
奇しくも、畑たちの開発の転機は、そんな古きよき伝統の最中に訪れた。

「そうか!」
それは、たまたま金網に掛かってしまった熊手を外そうと、畑がしゃがみこんだ瞬間だった。

−すべるけどすべらない、そんな油があるわけはない。
しかし、通常の状態なら滑るけれど、圧力をかけると滑らなくなる。
そんな油だったら作れるかもしれない。−
金網に掛かった熊手のような構造。
あるいは、いつも着ている作業着にある、マジックテープのような構造。
次の日から畑たちは、実験のやり方をガラッと変えた。
ついに夢の油のイメージは、シンプルな構造になって畑の目の前に現れはじめた。
そして誰もいない実験室で、作業着のマジックテープを付けては離し、
離しては付けながら、畑たちは実験を重ね続けた。

「これだよ、畑さん!」
ついに高特性トラクションオイル基油の合成に成功したその時、
日本精工に開発を依頼されてからすでに10年の月日が過ぎていた。
しかし、まだすべてが終わったわけではない。
実用化にむけて、やるべきことはまだ山ほどあった。
自動車は、いつ、どんな条件下で運転されるか分からない。
灼熱の砂漠でも吹雪の山道でも、きちんと潤滑できる油でなければならない。

1999年11月、世界初のハーフトロイダル形CVTを搭載したクルマが発売され、
世界中のモータージャーナリストたちの話題をさらった。
だが、そんな華々しい舞台とは正反対の千葉の小さな居酒屋で、
畑と坪内はひっそりと祝杯をあげていた。
「俺たちの仕事は、10年後20年後もこの地球が、
たくさんの幸せな生活をのせて回り続けていて、初めて成功と言えるんだ。」
そう言う畑の弁舌は、潤滑油もいらないほどなめらかだった。

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