石炭人

石炭人・出光の挑戦/未来へ続く鉱脈

「これまた、でっかい文字ですねぇ。」

文字よりも、白紙の部分がはるかに目立つ、一行ずつあけて書かれたレポートをみながら、
若原は言った。
ファックスの送信元はシドニー。
オーストラリア事務所に勤務していた岡田から送られてきた、
エンシャム石炭プロジェクト・ジョイントベンチャー会議のレポートであった。
「2時間も会議して、これだけですか?岡田さん。」
「…そこはほら、行間を読んでもらうってことでさ…。」
電話の向こうの岡田の声は、軽くおどけてはいたが、それを聞く若原に、
現地の苦労をしのばせた。

アメリカ、ドイツ、イタリア、オランダ、韓国、オーストラリアそして日本。
7カ国、15社によるそのジョイントベンチャー会議は、もちろん英語で行われる。
だが当時の岡田は、カタコトの英語しか話せない。
会議の場に限らず、普段の生活でも、
岡田はまず目の前に立ちふさがる言葉の壁からこえていかねばならなかった。

だがその挑戦は、決して会社より命ぜられたものではなかった。
それは過去21年間にわたり製油所で自主的に取り組まれてきた
TPM(全員参加の業務改善)活動の一つであり、その伝統へのこだわりや、徹底心は、
すでに所員一人ひとりのDNAにもなっていた。

1978年から1979年の第2次オイルショックの後、石油に変わる代替資源として、
オーストラリアの石炭には、世界から熱い視線を注がれはじめていた。
出光にとっても急務であった、そんな代替資源の開発・調達という課題は、
エネルギー自給率の低さという宿命を持った、日本という国の課題でもあった。

出光がオーストラリアに事務所を開設した1978年から、4年。
岡田がオーストラリアに赴任した1982年に、この年を含めた何回かの石炭鉱区入札を経て、クィーンズランド州エンシャム鉱区の取得に成功した。
「おめでとう、岡田君!」
オーストラリア事務所開設以来、
ついに鉱区を獲得したというニュースに出光東京本社は喜びの声で湧いた。
だが、現地の岡田たちはただ喜びにひたっているわけにはいかなかった。
確かに入札には勝ち残った。しかし今後の開発は、15社の国際資源会社によるジョイントベンチャーで進められる。生産の合意に到るまでに、
まだ多くの困難が横たわっていることは容易に想像できたからである。
「ここからが、本番だな。」
海外での石炭鉱山開発・経営の経験も、ノウハウもまるでなかった当時の出光、
そして岡田たちにとって、この入札の勝利は独自に新しい鉱山を開発するという、
まだ誰も進んだことのない長い道のりに、やっと立つことのできたスタートラインであった。

「これがほんとの、在庫の山だな。」
地上約10メートルにまで積みあがった、
いくつもの黒い山を見上げながら、角田は言った。
すべて、ただあてどなく出荷の日を待つ、
オーストラリア、クィーンズランド州エベネザ鉱山の石炭である。
角田は、出光の自社鉱山に勤務する初めての鉱山技術者であった。

エンシャム鉱区の入札勝利から6年。出光は、エンシャム鉱区での開発準備を進める一方、
既存鉱山として操業中のクィーンズランド州エベネザ鉱山、
ニューサウスウェールズ州マッセルブルック鉱山へも資本参加し、
着々と生産体制を整えていた。
しかし、問題があった。売れない、のである。
石炭の販売とは、クレームとの戦いであることを、あらためて角田たちは思い知らされていた。
そもそも石炭は、その銘柄ごとに性質がことなる。
さらに石炭は、燃やされるボイラーやキルンごとに、要求される品質も変わる。
出荷するたびに聞こえくる
「石炭についていた粘土で、ベルトコンベアが止まった。」
「ウチのボイラーでは、どうも燃え方が悪い。」
などという品質へのクレームはもちろん、「そもそもエベネザの石炭は、色が変だ。」
などというクレームにまで、ひとつひとつ対応しなければならない。

「自分たちの手で、選炭プラントをつくろう。」
角田たちは、思った。もう黙って、この山を見ているわけにはいかない。
「お客様に絶対の自信を持ってエベネザ炭をお届けできるようなプラントをつくろう。」

1990年11月、ついにその想いは現実のものとなる。
顧客の要望に応えるだけではなく、顧客に対する最良の石炭の提案まで行う。
それは石炭における、今で言う、「ソリューションビジネス」のはじまりとなり、
そして、かつて角田が見上げた在庫の山は、それから半年後に姿を消した。

その後1993年には、約10年間のリードタイムを経てエンシャム鉱山からの生産も始まり、
出光がオーストラリアで生産する石炭は、順調な伸びをみせはじめた。
2005年度※1の年間生産量は約1,000万トン。
日本の燃料用一般炭の年間消費量の約10%に相当する。

※1 2010年現在は、4つの鉱山から年間約1000万トンを生産。

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