省エネルギー人

省エネルギー人・出光の挑戦/省エネに挑む、製造現場の情熱

「頼んだぞ、19連覇は。」

2004年6月、出光興産、千葉製油所。
東京ドーム80個分の敷地をもつその製油所の一角で、
製油1課、課長の丸茂は、梶本の肩をたたきながら言った。
「はい。でも今年は、小さな課題の積み上げしかないと思ってます。」
そう返事する梶本に、丸茂は短く答えた。
「今までとは違って、目玉となる課題は出尽くしたが、
この製油所の伝統を絶やすことのないよう、がんばってくれ。」

財団法人「省エネルギーセンター」が、年に一度主催する、省エネルギー優秀事例全国大会。
自動車、鉄鋼、電力等、多くの製造業が参加するその大会での入賞が、
その時、梶本に与えられた使命であった。

だがその挑戦は、決して会社より命ぜられたものではなかった。
それは過去21年間にわたり製油所で自主的に取り組まれてきた
TPM(全員参加の業務改善)活動の一つであり、その伝統へのこだわりや、徹底心は、
すでに所員一人ひとりのDNAにもなっていた。

さらに、自主的な取り組みというにはあまりにも千葉製油所の実績はずば抜けていた。
1986年から、2003年まで、18年間連続※1して優秀表彰を受賞。
さらに、そのうちの3回は、最高賞である経済産業大臣賞を受賞。
他の追随を許さない快挙を続けるそんな実績は、2004年度の入賞に取り組む梶本にとって、
最大のモチベーションでもあり、また、最大のプレッシャーでもあった。

LPG、ガソリン、灯油、軽油、重油。
製油所では、それらを原油から精製するために、巨大な装置たちが、
24時間休むことなく、動き続けている。
そのためには、製油所で働く人間も、4直3交代制※2で、
24時間休むことなく動き続けることとなる。
梶本たちが、省エネルギー賞に取り組むのはその合間であり時には深夜に、また時には早朝に、その挑戦は続いていた。
「管理値って、本当に絶対なんでしょうか?」

ある夜勤明けの朝、梶本は、隣で眠気覚ましのコーヒーを啜っていた、
直長の小野寺に言った。
「絶対てことはないだろうけど。それがどうした?」
「小野寺さん、いけるかもしれませんよ。」

管理値とは、プラントを正常に作動させるために、
メーカーが規定した温度、圧力等の数値である。
梶本は、当り前としか思っていなかった管理値に、はじめて疑いを覚えた。
−プラントの管理値にだって、まだムダが残されているはずだ。
それを探し出して、そぎ落とせば、もっと少ないエネルギーで同じか、
それ以上にだって、効率よくプラントを稼動させられるかもしれない。
梶本が、この半年間、ずっと探し続けていた、省エネルギーのためのテーマが、
やっと彼の前に、その姿を見せはじめた瞬間であった。

「お父さん、今度いつ遊んでくれるの。」
まだ4才になったばかりの、梶本の息子はあどけなく、ある日言った。
「ごめんな、ヤマト。もうすぐ、もっといっぱい遊べるようになるからな。」
息子をだきしめながら、梶本は言った。
省エネルギー賞のためのレポート提出の期限は、あと1ヶ月後にせまっていた。
だがその時の、梶本の顔に、もう焦りはなかった。−たとえ賞をとれなくたって、
やるだけのことはやった。そして何よりも、自分たちの試みは、間違いなく千葉製油所の、
いや出光すべての製油所で使われるエネルギーを、削減するために役立つのだから。

2005年、1月のとある日。製油所の近くの、居酒屋で祝勝会が開かれていた。
だが、その主人公は梶本たちではない。その年の経済産業大臣賞を獲得したのは、
同じ目標に向かって切磋琢磨してきたとなりの製油2課。
梶本たちのライバルであった彼らによって、
千葉製油所の省エネルギー賞、19連覇※1は守られたのであった。

「また、やってみたいだろ?そうだろ?」
宴席の一角で、製油1課丸茂は、梶本に言った。
「まぁ、それは今年挑戦するC直にゆずりますよ。」
まんざらでもない表情で答えた梶本のコップに、ビールを注ぎながら、丸茂は言った。

「自分では気づいてないだろうけどな。」「なんですか?」
問いかける梶本に、丸茂は答えた。
「お前、1年前とは、比べ物にならないぐらいいい顔で、仕事してるぞ。」

その言葉を聞いたその時、梶本は、この1年の苦労がすべて報われた気がした。

※1 その後2011年まで25年間連続して優秀表彰を受賞。(内、4回は大臣賞)
※2 2010年10月より4直2交替制。

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