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年表

1964年〜

出光石化における製品関連事業

出光ユニテックのあゆみ
1964 9 出光石油化学(株)設立(以下、出光石化という)
1965 4 日本ポリケミカル(株)設立
 (東洋曹達工業(株)、徳山曹達(株)、出光石化の3社合弁によるLDPE製造会社)
6 出光石化の社章決定(○△□)

1966

7 ノール・プラスチック社(米国)よりプラスチックネット技術導入
10 サッチャー・グラス社(米国)よりプラスチックチューブ技術導入
12 千代田加工紙(株)・厚木工場(のちの光化学工業(株))にインフレフィルム製造装置導入(直系加工メーカー第1号)
1967 1 溝ノ口加工試験所開所
2 ユーロピアン・プラスチック・マシナリー社(デンマーク)よりユニボール技術導入(1967年、羽立化工(株)等へ再実施)
6 プラスコライト社(米国)より異形押出成形技術導入
6 T-ダイフィルム製造装置を溝ノ口加工試験所に設置(ユニキャストフィルムの開発開始)
1968 5 出光スチロール(GPPS)販売開始
9 第2回東京パックに出展
1969 4 徳山工場でPC装置完成
7 海苔みすの開発研究に着手
11 商品開発センター起工式

1970年〜

出光石化における製品関連事業

出光ユニテックのあゆみ
1970 2 光化学工業(株)発足
6 レーリッグ社(米国)よりプラスチックコンテナ技術導入
8 溝ノ口加工試験所閉鎖
9 商品開発研究所(略称:商品研)開所
10 徳山工場にHIPS製造装置完成
1971 4 日本ポリケミカル(株)、東洋曹達工業(株)に吸収合併
6 海苔みす販売開始(1984年に事業を売却し、海苔みす事業から撤退)
8 灯油缶販売開始
8 プラスチックコンテナ販売開始

1972

3 出光興産(株)の直営スタンドで石油化学製品を販売開始
1973 7 徳山工場、エチレンプラント事故
10 HDPE一軸延伸フィルム(MOF)開発開始 (1977年9月に開発中断)
1974 3 徳山工場、全面操業開始
4 出光石化本社に製品一課、二課を新設 (加工製品担当課の誕生)
4 HDPE薄肉高強度フィルムの開発研究に着手
8 光化学工業(株)へ資本参加
1975 2 千葉工場で、HDPE製造装置稼働
3 農業用プラスチック製品(コンテナ等)販売員を出光興産(株)の支店等に配置
(宇都宮、千葉、和歌山、高知等、全国7カ所)
8 商品研に高速インフレフィルム機を設置し、UFフィルムの開発研究を加速
1976 2 ラスムッセン氏(デンマーク)よりクロスラムフィルム技術導入
(1979年、佐藤産業(株)へ再実施)
10 ダブルブロープロセスの開発研究開始
(その後、羽立化工(株)等へ再実施)
- 関西地区で、プラスチックレジ袋の販売開始
1977 2 千葉工場で、PP製造装置稼働
12 オノ社(フランス)より多層シート製造技術導入(「マルチレイ™」の開発開始)
12 日本スチレンペーパー(株)(現・(株)JSP)と多層シートに関する共同開発契約を締結
(1983年に解消)
- 東京地区でのプラスチックレジ袋の販売を開始
1978 1 多層インフレフィルム装置を、商品研に設置(「ユニクレスト™」の開発開始)
11 EVOH樹脂を用いたガスバリア多層シートの開発開始
12 チューブラー法によるOPSシートの開発開始
1979 2 多層シート(後の「マルチレイ™」)のテスト販売開始
4 出光興産の販売店を活用した販売店販売のモデル店3社を選定(選任担当者を派遣)
- 農業・漁業資材の開発研究を縮小(海苔みすと黒マルチフィルム、育苗箱に特化)
8 大洋化成(株)に資本参加

1980〜

出光石化における製品関連事業

出光ユニテックのあゆみ
1980 3 黒マルチフィルムの開発中断、農業関連資材は育苗箱のみに特化
8 日本スチレンペーパー(株)平塚西の宮工場に、「マルチレイ™」商用生産機を設置
10 「マルチレイ™」(ガスバリアグレードを含む)を市場に本格導入
1981 3 出光佐三店主逝去
4 高剛性透明PPシート(後の「ピュアレイ™」)の開発開始
5 重袋用多層インフレフィルム(SUXフィルム)の開発開始
7 ラミネート基材フィルムの市場および技術調査開始(「ユニラックス™」自社生産の検討開始)
7 出光石化・千葉工場内に樹脂研究所設立
(樹脂研究部門の商品研からの分離)
10 チャック袋の市場および技術調査本格開始(「プラロック™」の開発開始)

1982

4 本社に製品販売部を新設
10 自社工場建設プロジェクトがスタート
10 プリントシート上市
1983

4

製品部門の自立を決定
4 「ユニラックス™」プロジェクトがスタート
4 SUXフィルム技術を英国企業にライセンス
6 加工製品工場企業化が決定(「ユニ化工(株)」設立の意思決定)
12 千葉県市原市青柳に加工製品の実験工場完成
日本スチレンペーパー(株)との多層シートの共同開発契約を解消し、実験工場にて
「マルチレイ™」の生産開始

1984〜

出光石化の製品事業とユニ化工

出光ユニテックのあゆみ
1984 1 プラスチック包装資材の製造会社としてユニ化工株式会社設立
1 CPCプロジェクトがスタート
4 製品事業支援システム(I-PACS)使用開始
4 83年9月に中断したOPSシートの開発結果を基に、チューブラー法二軸延伸ナイロン
フィルム(ONYフィルム)の開発開始(「ユニロン™」の開発開始)
6 青柳実験工場に「ユニラックス™」1号機を設置し、パン・麺・もやしグレードを上市
7 「出光パッケージングニュース」発行開始
1985 1 商品研内に「包材研究室」開設
4 本格的自社工場建設の検討に着手
6 「ピュアレイ™」の企業化を決定
6 出光石化・千葉工場で、LLDPE(「モアテック™」等)製造装置稼働
12 「ユニラックス™」2号機導入を決定

1986

2 「包材研究室」を残し、商品開発研究所廃止
4 本格的自社工場として、兵庫工場および千葉工場の建設を決定
8 スパンボンド法PP不織布(「ストラテック™」)装置の導入決定(千葉工場へ設置)
8 無機質充填多層シート「オパレイ™」上市(1996年に事業を売却し、撤退)
9 「マルチレイ™」2号機の導入決定(兵庫工場)
9 LDPE系「プラロック™」上市
9 「ピュアレイ™」技術を西独企業にライセンス
10 「東京パック’86」に出展
10 「ユニラックス™」2号機、千葉工場にて稼働開始
12 PP系「プラロック™」上市
12 「マイパーミー™」(紙おむつ)の企業化を決定
1987 1 兵庫工場が完成し、「マルチレイ™」1、2号機、「ピュアレイ™」製造装置が稼働開始
1 「ユニラックス™」1号機、千葉工場にて稼働開始
1 「包材研究室」を兵庫工場内に移動、併せて「ユニロン™」研究機設置
2 ユニ化工本社、千葉県市原市青柳から東京都中央区銀座四丁目(日章興産ビル)に移転 
3 沖縄工場(プロテインパウダーの生産)完成
4 光化学工業(株)・千葉工場で多層インフレフィルム装置稼働開始
1988 5 千葉工場にて、「ストラテック™」1号機稼働開始
9 「マジックトップ™」技術を米国企業にライセンス
1989 3 「マジックトップ™」技術を豪州企業へライセンス
7 部名変更(「製品販売部」から「製品部」へ)
10 「マジックトップ™」技術を西独企業へライセンス

1990〜

出光石化の製品事業とユニ化工

出光ユニテックのあゆみ
1990 3 兵庫工場にて、「マルチレイ™」3、4号機稼働開始
7 兵庫工場内に、産業資材研究室設置(不織布のグレード開発等)
10 千葉工場にて、「ユニラックス™」3号機稼働開始
1991 1 プラロック(株)設立
4 「ユニロン™」の生産技術が完成し、兵庫工場にて正式商業生産開始
5 「ストラテック™」を用いた加工品(除電バー、抗菌不織布等)の試験販売開始
9 「メディペール™」(医療廃棄物収納容器)、グッドデザイン部門賞受賞

1992

7 LL系「プラロック™」上市
8 「ストラテック™」を用いた油吸着材「アイセーブ™」を上市
11 直線カット性を有するONYフィルム(「ユニアスロン™」)上市
1993 4 チャック付フトン圧縮袋のテレビショッピングへの納入開始
1994 4 沖縄工場を閉鎖し、プロテインパウダーの生産を中止
5 ベルト技術に基づく折箱用高透明PPシート「スーパーピュアレイ™」上市
 (伸興化成(株)にて委託生産)
7 光化学工業(株)・千葉工場移転のために、新工場用地(山武市蓮沼)の取得を決定
8 千葉工場に、チャック付フトン圧縮袋の生産設備導入を決定
1995 2 兵庫工場にて、「マルチレイ™」5号機稼働開始
3 兵庫工場内に、製品研究所を設置(包材研究室と産業資材研究室の2室体制)
4 部名変更(「製品部」から「製品総括部」へ)
4 出光プラスチック(株)設立
(これにより、製品総括部は自社製品の開発と販売に専念)
1996 9 出光石化、傘下のインフレフィルム加工子会社の合理化検討に着手
(その結果、光化学工業(株)のみ存続することとなった)
12 千葉工場にて、「ユニラックス™」4号機稼働開始
1997 3 ベルトプロセス技術をドイツ企業へライセンス
4 製品事業の、出光石化からの分社・独立の検討に着手
4 製品総括部およびユニ化工本社を、東京都中央区銀座四丁目から、港区芝五丁目
(出光三田ビル)に移転
1998 3 製品研究所を千葉県袖ケ浦市の出光興産(株)中央研究所(現・先進技術研究所)
敷地内へ移転
3 「プラロック™」技術を米国企業へライセンス
4 部名変更(「製品総括部」から「加工製品部」)へ
4 軟質ポリオレフィンシート(「ピュアソフティ™」)営業運転開始
4 複合不織布(「ストラマイティ™」等)営業運転開始
6 光化学工業(株)、出光石化の100%子会社へ
1999 1 太洋化成(株)、出光石化の100%子会社へ
2 プラロック(株)、出光石化の100%子会社へ
3 「ユニアスロン™」技術を国内フィルムメーカーへライセンス
11 リサイクル・リユーズできるインキ容器(「RS缶」)の納入開始
12 兵庫工場、ISO9001認証取得

2000年〜

出光ユニテックおよび関連会社

出光ユニテックのあゆみ
2000 4 出光ユニテック株式会社設立
6 本社、東京都文京区小石川一丁目(出光後楽園ビル)へ移転
9 複合不織布技術を韓国企業へライセンス
12 製造委託先にて、「スーパーピュアレイ™」製造装置増設
2001 4 熱成形性に優れた高透明PPシート「ピュアサーモ™」上市
6 千葉工場で5S活動開始、その後、全事業所に展開
8 日本企業との合弁で、中国での「プラロック™」の製造を決定
12 「マジックトップ™」技術を米国企業へライセンス

2002

8 ベルトプロセス技術を活用したプリズム型反射シートの企業化を検討
(その後企業化を断念)
2003 2 日本企業との合弁で、中国での「ユニロン™」の製造を決定
(2005年に商業生産を開始、2010年10月に合弁企業を清算し、撤退)
3 太洋化成(株)の熱成形事業を売却し、撤退
3 出光石化に合わせて、基幹システムとしてSAP社のR/3システム導入を決定
2004 4 委託生産先にて、「スーパーピュアレイ™」製造装置増設
5 「マジックトップ™」技術、韓国企業へライセンス
8 「プラロック™」の多層化に本格着手
9 「ピュアソフティ™」事業を売却し、撤退
10 光化学工業(株)を統合、千葉工場製造三課としてスタート
11 本社、支店、商品開発センター、千葉工場製造三課(旧光化学工業)、ISO9001認証取得
2005 7 兵庫工場での、「マルチレイ™」6号機の増設を決定
8 「スーパーピュアレイ™」の2社目の生産委託先を又永化工(株)に決定 
2006 2 次期の経理システムとしてPCA会計ソフトの導入を決定
5 「プラロック™」の能力増強を決定
6 出光プラスチック(株)との統合を決定
8 液晶テレビ関連部材事業への参入を決定
8 本社、支店、工場、商品開発センター、ISO14001認証取得
10 本社、中央区新川一丁目(新川NSビル)に移転
2007 3 増資を決定(資本金を3億円から、16億円に)
3 太洋化成(株)のPSシート事業の売却を決定
8 売掛管理、在庫管理システムをR/3からI-ルネサンスに変更することを決定
10 安否確認システム導入

2008

3 プラロック(株)、出光ユニテックの100%子会社へ
4 光学用プロテクトフィルムへの参入を決定
10 テレビ会議システム導入
2009 3 太洋化成(株)から事業譲渡、機能部材工場としてスタート(2010年1月に太洋化成(株)の清算)
3 増資を決定(資本金を16億円から、26億円に)
11 プラロック(株)を統合、静岡工場としてスタート
12 リスクアセスメントを核とした全社「安全衛生規程」を制定

2010年〜

出光ユニテックおよび関連会社

出光ユニテックのあゆみ
2010 3 新型インフルエンザに対応した事業継続計画(BCP)制定
6 監査法人を、新日本有限責任監査法人から有限監査法人トーマツに変更することを決定
12 首都直下型地震に対応した事業継続計画(BCP)制定
2011 3 東日本大震災により千葉工場、静岡工場が罹災するも、影響は軽微
10 (株)興人との合弁によるONYフィルム装置の増設を決定
(12月に社名を「K&Iフィルム(株)」に決定)

2012

5 本社、港区芝四丁目(NOF芝ビル)に移転
5 「プラロック™」の第2生産拠点として機能部材工場の活用を決定
10 「機能部材工場」を「三重工場」に変更
12 タイ現地法人の設立と「プラロック™」生産工場の建設を決定
2013 5 K&Iフィルム(株)、ONYフィルム製造設備竣工(兵庫工場)
12 プラロックアジア(タイランド)にて、「プラロック™」の商業運転開始
2015 4 プラロックアジア(タイランド)バンコク営業事務所設置
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