ほっと安心、もっと活力、きっと満足。出光の約束
文字サイズ
  • 標準
  • 大きい
  • お問い合わせ・ご意見
  • Global
第二章 1982〜1986年
自分たちが開発した技術を用いて自らの手で製品を作りたい。そうした機運の中、1984年、出光石油化学の子会社として誕生したのが樹脂加工の専業メーカー、ユニ化工株式会社である。

製品販売部の誕生と自社工場建設への動き

設置当時の「ユニラックス」製造装置
設置当時の「ユニラックス」製造装置
樹脂加工製品に関する知識とノウハウを蓄積していく中で、出光石油化学は、1982年4月、販売部を樹脂販売部と製品販売部に改組し、文字どおり、樹脂そのものを販売する事業と樹脂加工製品を販売する事業を明確にした。
この改組は、製品を生産して販売することを事業の柱とする決断であった。半年後の1982年10月には加工工場の建設プロジェクトがスタートした。
世界的同時不況の影響で石油化学製品の市況も著しく低下し、全社を挙げての体質改善が求められた1982年当時、新規商品のための自社技術の開発と工業化が急がれていた。
こうした中、1983年4月に策定された中期経営計画では、製品部門の自立が標榜されている。その骨子は次のようなものであった。
(1)押出加工技術に特化し、食品包材を指向する。
(2)自社工場建設を指向する。
(3)製品技術の確立と蓄積を行う。
(4)「ユニラックス」と「マルチレイ」を重点指向する。
石化販売店が切望する食品包装用多層フィルム「ユニラックス」、1977年にフランスのオノ社から導入した技術を基に独自に開発した、食品の長期保存に適した多層バリアシート「マルチレイ」は、共に押出加工技術による食品包材である。
こうした経緯から、押出加工技術と食品包装材市場に特化し、将来、自社工場で製造する主力製品を「マルチレイ」と「ユニラックス」に絞り、この2つの製品の製造拠点となる自社工場の建設とグレード開発に向けて、プロジェクトが発足した。
1983年6月には、以下の3点を目的として「加工製品工場の企業化」が掲げられた。
(1)製品部門の自立
(2)中期製品事業計画に基づくメーカーへの転換
(3)製品開発機能を併設した加工製品工場を完成し、新分野への進出の加速
この目的を実現するために、千葉県市原市青柳にある倉庫を借用し、ここを工場に改造、1983年12月に工場が完成した。この工場は「青柳実験工場」と称し、「マルチレイ」「ユニラックス」の製造装置各1台が設置された。

コラム 「マルチレイ」

「マルチレイ」を用いた容器群
「マルチレイ」を用いた容器群
「マルチレイ」の基本技術は、フランスのオノ社から1977年12月に技術導入されたフィードブロックに関する技術であった。日本スチレンペーパー株式会社(現・株式会社JSP)と多層シートに関する共同開発契約を締結し、同社の平塚西の宮工場で研究開発が開始された。導入した技術はPSやPPの色違いシートを製造する程度の簡単なもので、EVOHなどのガスバリア樹脂を含む複雑な層構成のシートが製造できるものではなかった。
このため、日本スチレンペーパーと共同で、ガスバリア層を含む多層シートに適したフィードブロックを設計し、1980年8月に平塚西の宮工場に商用生産機を設置、10月より本格的な市場導入を開始した。市場導入に際して、出光石油化学は「マルチレイシート」、日本スチレンペーパーは「ミラソーシート」という商品名を用いた。後に、このガスバリアシート技術はライセンス元であるオノ社へも開示された。なお、この共同開発契約は出光石油化学が自社加工工場の建設を決定した1983年に解消された。

ユニ化工株式会社の設立

「ユニラックス」を用いた単体包装
「ユニラックス」を用いた単体包装
1984年1月11日、青柳実験工場がスタートした翌月、この工場を出光石油化学100%出資のユニ化工株式会社とした。資本金は1,000万円、本店所在地は千葉県市原市青柳北一丁目3番地29。これにより、ユニ化工での製品製造がスタートした。
既に数年の生産実績がある「マルチレイ」1号機はユニ化工設立直後から稼働を開始し、「ユニラックス」1号機は4月末に設備を設置し、翌月から稼働を開始した。
設備導入後直ちに商業生産に入った「ユニラックス」は、運転技術の未熟さや運転担当者を最低限の人数としていたため、生産の立ち上げに手間取った。また、稼働当初、間欠運転や原料の酸化防止剤の性能不足などにより、ダイス内部に「焼け」が発生し、「ダイスの清掃だけがうまくなる」という皮肉を販売担当者から言われたこともあった。
それでも、研究段階から生産を経験していたスタッフが大半であったため、原料樹脂の選定・添加剤処方の調整から装置の改良・製造ラインの変更までの工夫を重ね、6月末頃からは生産がスムースに運ぶようになり、パン、麺、もやし用の各種グレードを次々と上市した。
一方、販売面は出光石油化学・製品部門の各所が担当したが、当初は苦戦の連続であった。5月から6月にかけて「ユニラックス」の販売が開始されたが、その直後からクレーム対応に追われた。「ユニラックスは滑らない」「シール不良を起こしやすい」との苦情が相次ぎ、クレーム処理のためユーザーの工場に出向くことも度々あった。原因は、一般的なフィルム物性の試験結果だけで「他社品と同等の品質で問題なし」と判断し、フィルムの使用現場で重要な実用物性に思いが至らなかったことにあった。

2工場体制へ、そして「ピュアレイ」の生産開始

竣工当時の千葉工場
竣工当時の千葉工場
「マルチレイ」「ユニラックス」の生産はその後順調に進み、ユニ化工設立翌年の1985年春に青柳実験工場はフル稼働状態になり、設備の増設が必要となった。
また、「マルチレイ」「ユニラックス」に続く第3の製品として、1981年から開発に着手していた水冷法による高透明PPシート「ピュアレイ」の製造も開始することになった。
このため、生産設備の新増設に欠かせない新たな工場の建設が急がれることとなった。
工場候補地は、静岡県御前崎、茨城県北部などの案に続いて、千葉県市原市八反歩(当時)にある出光興産所有の土地(約2万坪)が有力候補に挙がり、出光石油化学で承認されたが、出光興産の判断によりこの案は中止となった。
竣工当時の兵庫工場
竣工当時の兵庫工場
この時点で「ユニラックス」2号機はすでに発注されており、新工場の建設は喫緊の課題となった。このため、出光石油化学が1974年から資本参加している光化学工業が、千葉県山武郡九十九里町に建設中であった千葉工場に同居する形で「ユニ化工千葉工場」を建設し、「ユニラックス」の製造装置を設置することになった。
千葉工場は、1986年5月に建設を開始し、9月には「ユニラックス」と光化学工業で生産を開始した「ユニマーブ」(多層インフレーションフィルム)の一部の操業を開始し、1987年6月に竣工式を行った。
しかし、千葉工場には、「マルチレイ」製造装置と新設する「ピュアレイ」製造設備を設置する余裕はなく、新たな工場用地を検討した。1986年3月、出光興産から兵庫県姫路市にある兵庫製油所の遊休地とインフラなどの資産活用の提案があった。この案は、出光グループの土地を有効活用できるうえに、製造に必要な電力・蒸気などのユーティリティは兵庫製油所から供給を受けることができるというメリットがあり、ユニ化工兵庫工場を姫路市に建設し、「マルチレイ」2系列と「ピュアレイ」の製造設備を設置することになった。
さらに、商品研内にあった包材研究室も兵庫工場敷地内に移し、当時研究開発の最終段階にあった「ユニロン」の研究機も移設された。兵庫工場は、1987年5月に竣工式を行った。

コラム 「ユニラックス」

「ユニラックス」を用いたラミネートフィルム
「ユニラックス」を用いたラミネートフィルム
1970年代後半、出光興産が供給するガソリンなどの石油製品を販売する販売店網を積極的に活用して、出光石油化学が提供する各種の石油化学製品を地場需要を中心に販売する計画が決定された。1979年に3店のモデル販売店が選定され、その後も2次〜4次にわたってモデル店が選定された。
1981年に、これらの販売店が要望する樹脂加工製品を調査したところ、当時「ゼラパック」と呼ばれていたPP系多層フィルムの供給を望む声が多く寄せられた。本社の企画開発部門が中心となり、「ゼラパック」相当品の市場調査・技術調査を実施し、市場性ありと判断、ユニ化工商品の1つとして、生産と販売が開始されることになった。
「マルチレイ」の場合、1980年の商業運転開始以降、各種グレードの開発と改良を行ってきたが、「ユニラックス」は、いわば“ぶっつけ本番”でフィルムの製造と販売に取り組まざるを得なかった。このため、フィルムを使用して食品を充填・製袋する際に起こりうる、しわ、たるみ、すべり不良、ヒートシールバーとの馴染みといった実際の使用現場で求められる実用物性や、フィルムの養生(エージング)温度や時間といった実用物性に大きな影響を与える因子についての知識と理解が不足していた。実際、「ユニラックス」の販売当初、実用物性が充分でないために、購入されたお客様から罵声を浴びたり、ポリバケツに入った水をかけられるといった経験を、販売担当者は幾度となく経験した。しかし、これらの貴重な体験から学んだことを、新規グレード開発やグレードの改良開発に結び付け、現在では当社を代表する商品となっている。

コラム 「ユニクレスト」

1960年代〜1970年代にかけて、自社が生産する樹脂の販売拡大のために、石油化学各社はインフレーションフィルムメーカーなどの樹脂加工メーカーの囲い込みに力を入れていた。
出光石油化学も、1974年の光化学工業への資本参加をはじめとして、インフレーションフィルムメーカー各社との連携を深めていった。その連携強化策の一環として、商品研では、単層フィルムでは実現しえない機能を有するフィルムとして、異なる樹脂グレードからなる多層フィルムの開発が開始された。
1978年、商品研に多層インフレーションフィルム装置が導入され、SU、SWS、SUXといった名称を持つ軽包装から重量物の包装に適する各種フィルムの開発が行われた。確立されたフィルム製造技術は、国内のみならず、英国の企業にもライセンスされた。
光化学工業(2004年10月に当社に統合)も、この技術をいち早く導入し、グラスウールや感光紙などの包装用フィルム「ユニマーブ」や食品包装用ラミネート原反フィルム「ユニクレスト」を製造した。

コラム 高透明PPシート「ピュアレイ」「スーパーピュアレイ」「ピュアサーモ」

従来のPPシートは、ダイスから押し出された溶融シートを冷却ロールで冷却するのが一般的で、PSシートやPVCシートに比べて透明性に劣っていた。「ピュアレイ」は、溶融シートを水によって直接、冷却・固化させることを特徴とするPPシートで、冷却・固化の後、加熱ロールで熱処理されることにより、ロールによる冷却では得られない透明性と表面光沢を有するPPシートとして開発された。この技術は西ドイツにライセンスされ、当時欧州で問題となっていたPVCシートに代わる医薬品PTP(Push Through Pack)用包装資材として広く使用された。
その後、この技術は、水冷技術とステンレスベルトによる鏡面艶付け加工により製造される「スーパーピュアレイ」(化粧品ケースなどに最適な高剛性高透明PPシート)や、ステンレスベルトで直接溶融シートを冷却して製造される「ピュアサーモ」(熱成形性と透明性に優れたPPシート)の製造技術として発展を遂げた。
  • 「ピュアレイ」を用いた医薬品PTP包装
    「ピュアレイ」を用いた医薬品PTP包装
  • 「スーパーピュアレイ」
    「スーパーピュアレイ」
このページの上部へ