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第一章 1964〜1982年
出光興産株式会社が石油化学事業への進出を模索する中、徳山製油所に隣接してエチレンプラントが作られた。当社のルーツ、出光石油化学株式会社の誕生である。アジア初の五輪となる東京オリンピックの開催を翌月に控えた1964年9月のことであった。

出光石油化学による樹脂製品事業の開始

第1 期竣工当時の徳山製油所 1957年 (出光興産(株)提供)
第1 期竣工当時の徳山製油所 1957年
(出光興産(株)提供)
出光ユニテックの母体である出光石油化学は、出光興産グループの子会社として1964年9月に設立された。
我が国の石油化学産業は、1955年に住友化学工業と三井石油化学(現・三井化学)が海外からポリエチレン製造技術を導入したことから始まる。そして1958年3月に三井石油化学工業が山口県・岩国でエチレンプラントを操業開始したのを皮切りに、住友化学工業、三菱油化、日本石油化学の各工場が相次いでエチレンプラントの操業を開始した。
出光興産では1957年3月、山口県・徳山に当時日本最大規模の製油所「徳山製油所」を竣工したが、その建設中から石油化学事業への進出を構想していた。製油所では石油の精製時に膨大な量のガスやナフサといった副産物が生まれるため、これらを原料とする石油化学製品の事業化が検討されたのである。この構想に基づいて、徳山地区にエチレンプラントを設け、石油精製と石油化学プラントが一体となった石油化学コンビナートを形成する計画が進められた。
第1期竣工当時の徳山製油所(夜景) 1958年 (出光興産(株)提供)
第1期竣工当時の徳山製油所(夜景) 1958年
(出光興産(株)提供)
こうして出光興産は、徳山製油所の隣接地にエチレンセンターとなる徳山工場を建設し、1964年9月10日に出光興産から石油化学部門が分離独立する形で出光石油化学株式会社が発足した。9月18日に徳山工場の火入れ式が行われ、翌10月からエチレンの本格的な生産が開始された。
出光石油化学では、エチレンの生産に併せて、エチレンなどからできるPE(ポリエチレン)樹脂、PS(ポリスチレン)樹脂などの生産の検討を開始した。石油化学業界では新興企業であった同社にとって、いち早く事業を軌道に乗せるためにこれらの樹脂の販路を広げることが喫緊の課題であった。そのため、樹脂加工技術が進んでいた欧米の最新技術を導入し、それらを国内の加工メーカーに提供して樹脂加工製品の製造を委託することで、樹脂の販売拡大を図った。さらに、加工メーカーに多くの樹脂を買っていただくため、出光石油化学自らが樹脂加工製品のマーケットを開拓し、その販売までも行うことにした。石油化学会社が加工製品の販売まで手掛けようと考えたのは、当時の石油化学業界では珍しいことであった。
石油化学徳山工場装置群(出光興産(株)提供)
石油化学徳山工場装置群
(出光興産(株)提供)
樹脂加工技術に関しては、米国のノール・プラスチック社からプラスチックネット製造技術、米国サッチャー・グラス・マニファクチャリング社からプラスチックチューブ製造技術、デンマークのユーロピアン・プラスチック・マシナリー・マニファクチャリング社から中空成形技術等を導入し、これらの技術を基に「ユニネット」「ユニチューブ」「ユニボール」等の商品化を行った。
一方、直系加工メーカー第1号となったのは、千代田加工紙(後の光化学工業)であった。当時、小売店が使っていた新聞紙や紙製の包装紙に代わるポリ袋として用いられるポリエチレン・インフレーションフィルムの製造技術を持っていた同社と契約し、1966年12月に同社厚木工場にフィルム製造装置を設置して、製品は出光石油化学経由で販売した。

技術の裾野を広げた溝ノ口加工試験所

年が明けた1967年1月、出光石油化学は神奈川県川崎市に溝ノ口加工試験所を設置した。同所の主な役割は、海外から導入する加工技術の評価、国産化への対応、導入技術の供与先への技術指導であった。
開所時は、ネット製造装置とインフレーションフィルム成形機の2つの装置であったが、その後、射出成形機、中空成形機、T-ダイキャストフィルム製造装置、T-ダイシート製造装置、真空成形機と設備を充実していった。また、これらの装置を用いて食品包装用フィルム「ユニラックス」の原型となるキャストフィルムや、シート、チューブ、ボール、ネットなど多様な樹脂製品の加工技術を蓄積していった。
  • 溝ノ口加工試験所 1967年
    (出光興産(株)提供)
  • 「ユニボール」(羽立化工(株)提供)

商品開発研究所の開設

商品開発研究所 1970年(出光興産(株)提供)
商品開発研究所 1970年
(出光興産(株)提供)
1970年9月、取り扱う加工技術が増えるとともに手狭になった溝ノ口加工試験所を移転し、千葉県袖ケ浦郡上泉(現・袖ヶ浦市)の出光興産・中央研究所(現・先進技術研究所)の敷地内に商品開発研究所(以下、商品研という)を開設した。溝ノ口加工試験所は、導入技術の検証と加工メーカーへの技術供与といった“教育センター”の性格が強かったが、新たに誕生した商品研は“石油化学の総合研究所”の色彩を強め、独自の発想とアイデアによる技術開発に着手した。
まず、溝ノ口加工試験所からの継続テーマだった「海苔みす」の製造を開始し、1971年6月から販売を開始した。木下真実氏の技術指導を受けて開発した「海苔みす」は板海苔に加工する際に使用する竹製すだれをプラスチックに置き換えた製品で、商品研での試作終了後、光化学工業株式会社(以下、光化学工業という)に製造を委託して、1975年には年間1,000万枚を販売したヒット商品となった。
1973年に起きた第1次オイルショックによって、石油化学産業の状況は一変する。原料であるナフサ価格の高騰による原料不足と製造コストの上昇を余儀なくされ、需要が減退するとともにプラント稼動率も低下、収益が圧迫されていった。
海苔みす((株)ニチモウワンマン提供)
海苔みす((株)ニチモウワンマン提供)
このため商品研では、汎用樹脂の特長を最大限に発揮する用途開発、使用方法の研究が重点的に行われた。フィルム製品・シート製品を中心に独自技術の研究を本格化し、高速インフレーションフィルム製造機(IPC50)を設置し、インフレーション成形技術の基礎研究を開始した。
商品研は、新しい樹脂加工製品を模索する中で常に本社・販売部門と一体となり、お客様のニーズを基に製品開発を進めた。「販売と製造との橋渡し役ができる研究所」を目指しており、この姿勢は溝ノ口加工試験所から貫いている。こうした中で1974年4月、樹脂加工製品の販売強化を図るべく、本社に製品第一課、製品第二課が設置された。新設された課では自社開発の樹脂加工製品の販売を主体に推進することとなった。
また、出光興産が持つ石油製品の全国販売網を生かして、石油化学製品の販売にも力が入れられた。1979年、この石油化学製品の販売店(以下、石化販売店という)が全国的に展開されることになった。その中で石化販売店から要望がある樹脂加工商品は、パン・麺・もやし包装用多層フィルム、食品包装用ストレッチフィルム、チャック袋などであった。

事業基盤となる技術の開発

設置当時の「マルチレイ」1号機
設置当時の「マルチレイ」1号機
生活のあらゆる場面にプラスチックが目に付くようになったのは1970年代後半で、HDPE(高密度ポリエチレン)製のレジ袋が初めて登場したのは1976年。ペットボトルが日本で実用化されたのは1977年で、醤油容器として開発されたものが製品第1号。現在広く使用されている飲料容器としてペットボトルの使用が認可されたのは1982年であった。
こうした時期に、商品研ではさまざまな樹脂加工技術の開発が従来にも増して活発に行われた。
当社の樹脂加工技術は、大きくシート関連技術とフィルム関連技術に大別することができるが、シート技術では、1977年12月にフランスのオノ社から導入した多層シート製造に関する技術がある。これは当時「複合シート」と呼ばれたシートを製造するための積層装置(ディストリビューター)の設計技術で、導入当時は単に色違いのPSシートを製造する装置であったが、その後、PP系多層バリアシートの製造技術に発展していった。これが、食品包装用のガスバリアシートとして当社の事業の中核商品となっている「マルチレイ」の基礎技術となった。
また、1978年12月には、OPSシート(2軸延伸ポリスチレンシート)の検討を始めた。円筒状のPS原反を押出機から水平方向に押し出し、再加熱した後に円筒内の空気で縦横同方向に延伸して、熱成形用のOPSシートを製造する技術である。1979年から開発に着手し、事業化には至らなかったが、この技術が後の2軸延伸ナイロンフィルム「ユニロン」「ユニアスロン」の製造技術の原点となった。
フィルム技術でも、単層フィルムでは実現し得ないさまざまな機能を付与する技術として、多層フィルムの開発が進められた。その結果、1978年1月に商品研に多層インフレーションフィルム機が設置され、現在の「ユニクレスト」の原点となる多層インフレーションフィルムの開発が始まった。この技術は、同年中に光化学工業にライセンスされ、製造が開始された。
この時期にチャックテープの検討も始められ、1979年、チャックテープと袋を一体化したチャック袋の企画に着手した。特許調査の結果を受けて、チャックテープの製造委託先とチャックテープをフィルムにシールしてチャック袋に加工するパートナーを探すことになった。同時に商品研では、PP系チャックテープの開発を開始した。これらの成果は、後にチャック袋用ジッパーテープ「プラロック」の開発につながる基礎技術となった。
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