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事業の芸術化

徳山製油所 竣工記念行事
徳山製油所 竣工記念行事
(出典:『我が六十年間』追補 88〜89頁)

 僕が門司で出光商会をはじめて五、六年たったときだろう。日本労働組合総同盟が、九州へストライキをやりにきた。出光には関係ないが、僕のことを聞いておったとみえて、出光商会に寄って、僕と愉快に話をした。そのときに僕が、出光の経営のあり方を話したが、それに感激したとみえて、「あなたは事業を芸術化しようとしていますね」という言葉を使った。そして別れたが、そのときは、僕は何も気にとめずにおった。ところが、数ヶ月か一年たったのちに、“あの人が事業の芸術化ということをいったが、どういうことか”と考えるようになった。僕の話を聞いておる間に「出光の事業は芸術である」とあの人が感じていったのではないだろうかと考えた。それなら芸術とは、どういうことかということを自分に反問してみた。芸術とは、まず、第一に美でなければならない。二番目には、それは人の真似(まね)ではなく自分がオリジネーターでなければならぬ。創作である。三番目には、それを努力実行すること。口頭禅であってはならない。この「美」と「創作」と「努力」が芸術の根幹ではないかと考えた。それなら「美」とはどういうことかと僕は反問した。自分の我欲を満たすのは美ではない。自分を離れて国家社会のために尽くすことが非常な美ではないか。
 それを石油業からいえば、その当時、出光は(中略)「消費者のために」という言葉をつくって、消費者のために利益を計ることをやっている。それから戦後、徳山製油所をつくるときには、地元の市民の繁栄ということを考えて、「市民とともに」という言葉をつくって、あらゆることを実行してきておる。これが出光の美であったのではないかと思っておる。第二の「創作」とは、人真似でないことである。出光のいまの形は、出光独自の創作である。三番目は、「努力・実行」であるが、僕くらい苦労した者はいないと思う。それだから、この三つが出光の事業の芸術化であると僕は確信しておる。
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