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尊重すべき人間は愛情と鍛錬によって育つ

(出典:1966年刊『マルクスが日本に生まれていたら』85〜86頁)

出光
そこで話を本筋にもどすが、さっき、出光は搾取はないとか、社員全部が経営者である、ということを言ったが、それではどうすれば、そういう経営になるかということが問題だ。

それは上に立つ人が、愛をもって従業員を育てる、そして自ら率先して、努めて難関に向かってこれを鍛錬すること以外にないと思う。
愛によって鍛錬する、鍛錬は口先で従業員を鍛錬するのではなくして、上の人が身をもって先に立つということだが、そこにはじめて尊重される人間が出来てくることになる。
出光では開店後から終戦まで、そして現在まで、ぼくもいつも先頭に立って、社員とともに苦労してきている。出光の若い人が強いのもそこに原因がある。

こういう行き方は、経済学で言う経済原則とは全然違う。
経済学では、最小の労力をもって最大の効果を収めるということを言うだろう。
経営でいえば、なるたけ働かずにイージー・ゴーイングをやって金を儲もうけるということになると思うが、ぼくはその行き方を採らなかった。
同じところに達するのに、最小の労力をもって最大の効果を収める道と、難関を通っていっても行ける道とがあるならば、ぼくは自ら選んで難関を通ってきた。
難関を通るということは、人間を養成するということだ。
イージー・ゴーイングをやったならば、金は儲かるかもしれないが、人間は養成されない。
だから、その到達点よりさらに先に進もうとするときに、イージー・ゴーイングをやってきた人は挫折してしまうが、難関の道を歩いてきた人は、次の難関も容易に乗り越えることができる。
ここに金の力と人の力との相違がはっきり現れてくるんだ。

ぼくが開店以来、資本家・金持の金を使うことをせずに、一方においては大地域小売業という、資金がいくらでも要る方法を採ったということは、非常な難関を歩いたということだ。
それから終戦後、世界石油カルテルに対して戦いを挑んだということも、難関を努めて歩いたということになる。
今でもわれわれは、政府とたたかいつつ、自ら進んで難路を歩いている。
そういうわけで、愛をもって人を育てて、努めて自分が率先して難関に向かう、ということが基本だ。
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