過去の苦しみを楽しめ

「昔を考えると実によかったですね。二十代のことを考えると実に楽しかった。二十代にかえりたいですな。」
と僕に言った人がいる。

「いや私は真っ平ご免です。私の七十代までの出光というものは死ななければ逃れられない、という苦しみを五十年やってきた。その苦しみをまた、二度とやろうとは私は思いません。若い時なんかにかえりたいとは思いません。」

実に死にまさる苦しみをやってきた。
ところが八十を越しての私はその過去の苦しみを楽しんでいる。
私くらい一生恵まれた者はない。
八十を越して
「ああいい人生であった。あんな苦しみをしたが、あれがよかった。」

苦しみは、ああ苦しかったというだけですむ。
ところが、今日の一日一時間は長い。
その一時間を
「ああ よかった。」と過ごすのと
「悪いことをしなければよかった。」と思って過ごすのと…

これが人生の幸福だ。
人生の幸福というものは老後にある。
僕くらい幸せな者はありません。
ということは過去の苦しみを楽しんでいるということだ。
これが人生なのだ。

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