ほっと安心、もっと活力、きっと満足。出光の約束
文字サイズ
  • 標準
  • 大きい
  • お問い合わせ・ご意見
  • よくあるご質問
  • (別ウィンドウで開きます)用語集
  • Global
  • 中文
メニューボタンにマウスを置くとリンクメニューが表示されます
  • 製品・サービス一覧から探す
  • 事業部・会社名から探す
  • 名称から探す

イランとの直接取引で世界で初めて石油製品を輸入した「日章丸事件」

東京地裁での第一回口頭弁論(昭和28年5月)
東京地裁での第一回口頭弁論(昭和28年5月)
1953(昭和28)年3月、出光は、石油を国有化し英国と抗争中のイランへ、日章丸二世を極秘裏に差し向けました。同船は、ガソリン、軽油約2万2千キロℓを満載し、5月、大勢の人の歓迎を受けて川崎港に帰港しました。

これに対し、英国アングロ・イラニアン社(BPの前身)は積荷の所有権を主張し、出光を東京地裁に提訴。この「日章丸事件」は、法廷で争われることになりました。裁判の経過は連日、新聞でも大きく取り上げられ、結局、アングロ・イラニアン社が提訴を取り下げたため、出光側の勝利となりました。イラン石油の輸入は、その後、イランにおいてメジャー(国際石油資本)の結束が再び強化され、1956(昭和31)年に終了しました。

しかし、この「事件」は、産油国との直接取引の先駆けを成すものであり、日本人の目を中東に向けるきっかけになりました。また、敗戦で自信を喪失していた当時の日本で、国際社会に一矢報いた「快挙」として受け止められたことも歴史的事実です。
このページの上部へ